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執筆者の写真wakamatsu go

今日のごうりん#43 2022/10/31

更新日:2022年11月1日


羽生さん、という男がいてね。

これがなかなかの男前でね。



僕の一個上の学年で

大学の先輩。

フォークソング同好会という

鹿児島大学のバンドサークル時代に

知り合った人で。


寡黙な男前で

周りの連中の悪ノリに

最初はニコニコ後ろから見て

微笑んでいるんだけど

最後にはその輪の中心で

派手に踊って騒いで

爆笑を掻っ攫う。


普段無口な男前が

ここぞというときだけはっちゃけると

そりゃずるいくらい面白くなるんですよ。


それが羽生さん、大学生のときの印象。



羽生さんはその頃

Dog's Lifeというバンドやってて

ドラムを担当。

僕はココロイロトリドリというバンドのボーカル。

共にキャパルボのSRホールの

イベントに出たりしてた。

一緒にやった記憶はないが同じサークルなので

僕もライブを見に行ったり。



それでお互いバンドは解散して



僕はボヤケルズというバンドを

羽生さんは音楽からは離れて仕事を始めた。



そこから

ずいぶん長い時間が経って



東京でバンド活動してた僕はバンドが解散し

鹿児島に帰ってくる。


温泉も好きだったし、釣りもお酒も好きだったから鹿児島の方が肌に合ってた。

隙間が僕には必要だったんだと思う。

生活の基本を鹿児島に置いておいて

たまに東京や全国飛び回って歌う、そんな生活をしてた。楽しかったよねあれも。



そして、コロナがきて、結婚して子どもができて、ツアー中心の生活を変えた。(今も子どもがいてもツアー中心の生活をしている方々はいます、尊敬します)


絵を描きはじめたり、ラジオで喋ってみたり

畑耕したり、落語をしたり

何やってんの、迷走してんなと言われたり

思われたりもするかもしれないが

僕は僕のやり方で

音楽家としても画家としても人間としても

生きられるんじゃないかと思ってる。


周りに素晴らしい仲間がたくさんいるので

アイデアや刺激をもらいながらパクリながら

やっている、アホなりに。




そんななか、羽生さんから連絡が来た。

そもそもバンドしてる時も

そんなにじっくり話したことない人だったから

びっくりした、なんだろ。



僕のこの変な生き方に刺激をもらってくれて

一度解散したDog's Lifeの曲を

1人で復活させレコーディングして

世に残していこうと思っている、と。


ボーカルでもない、曲を作った人でもない

羽生さんがそんなことをしようと思ってると

聞いて面白いなと思った。


普通、そういうことをやりたがるのは大概

ボーカルか曲を作った本人だからだ。


羽生さんは言った

なんだかんだ、おれはDog's Lifeのハセバの

使った曲が好きだから、やりたいんだと。




僕はいつも、自分の作ったものを人に見て欲しいと思う。曲も、絵もそうだ。

見て欲しくてたまらない。

それを褒めてもらった時、自分も褒めてもらったような

自分が救われた気持ちになる。

(そもそも作ること自体が一番好きなんだけども)


それに比べてはぶさんの動機はどうだ。

好きだから。

愛オンリーだ。



すごくかっこいいな、と思った。



久しぶりのコンタクトで

配信曲のジャケットをパステルで

描いて欲しいと言われた。


僕は

やります、ありがとうございます

たぶさん


とメッセージを返した。


こんな時にしなくてもいいだろってタイミングの最悪の誤字だった。




僕は愛の羽生さんの行動に尊敬の念を込めて

一生懸命描いた。


羽生さんは同時に僕の活動を応援してくれた。

鹿児島に住んで音楽を続けてる僕を

尊敬してくれて、応援してくれてるのが

すごく伝わってくる。


新しい画集アルバム

季節や光の手を借りて、制作の時の

協賛募集にも一番に連絡をくれた。

持ってる方は画集最後のページクレジット

見てみて、Dog's Lifeと載ってます。



そんな

羽生さんのDog'sLifeとしての生活

かつてバンドでやっていた楽曲を

ライブMDやビデオから掘り起こし

(時代感じる)

リモートでアレンジャーの人とやりとりをし

鹿児島中山のチンパンジースタジオでRec

(違う曲もあるかもだが)

ゲストボーカルを迎えて楽曲配信。



そんな生活を続けつつしばらく経ち

また羽生さんから連絡が入った。


今度はジャケット絵ではなく

ボーカルとして曲に参加して欲しいと依頼だった。



ゲストボーカルとかやった経験あまりないので

心配とかはあるのだが

そんな羽生さんの行動を見てたので

僕でよければやります、と伝えた。



曲のやりとりやプリプロ、打ち合わせを重ねて

九月にチンパンジースタジオでRec



人の作った曲を歌うのはいつも緊張する。

けどやっぱり普段の自分にはない

扉を開けてもらえるので

今日のラジオの例え話を引用するなら


いつもは自分では買わない服を

スタイリストさんに言われて

着てる感じ。


そんなちょっとしたコスプレ感というか

こんなごうもいるのね、と

教えてもらえるのが楽しい。



そうやって完成したのが

「街の彼方に」という楽曲。


羽生さんが活動を始めてから

この曲は剛に、と決めてくれてたみたい。

泣けるね。




そんな街の彼方に

も含む6曲入りのアルバムが

今日、まさに今日配信で発売になった。

サブスクでも聞けるし

ダウンロード販売もしてるって。

聞いてください是非ね。




僕みたいに何につけても表現活動と

結びつけて、常に発表発表とやってるやつもいりゃ


羽生さんみたいに一回音楽から離れたけど

また戻ってきて、働きながら

ボーカルでもないのに音楽活動たった1人で始める人もいる。



遅くなんかないよな何でもさ。と思う。

人に勇気を与える生き方だと思うな、羽生さん。




そんな羽生さんが今日は来てくれて

ラジオで喋ってくれた。


話すの得意じゃないけど

緊張しながら、水をやたらと飲むもんだから

4回もトイレ行きながら

だけど誠実に一言一言、喋ってくれた。


羽生さんの活動はこれからも続いていく。

もちろん僕もだ。




形は違っても

そういう人がいることが

僕は嬉しい。





大学のサークルで出会い

さしてあまり喋ることもなかったが

こうやって時を経て

一緒のものを作り話す。


ときがたつってのも悪くないと思うよ。





羽生さん今日は有難うございました。

アルバム配信おめでとうございます。









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